以下は、Facebookへの2016年の私の投稿からの引用です。
斉藤孝さんの名著です。
講師にとって学ぶこと、気づくことの多い本なのでお勧めします。
私にとっては特に、アクティブラーニングの本質とその応用の仕方が参考になりました。
齋藤孝 『新しい学力』
以下は、Facebookへの2016年の私の投稿からの引用です。
斉藤孝さんの名著です。
講師にとって学ぶこと、気づくことの多い本なのでお勧めします。
私にとっては特に、アクティブラーニングの本質とその応用の仕方が参考になりました。
齋藤孝 『新しい学力』
(前回の投稿からの続き) 「認知主義」では、知識は学習者の頭の外側にあって、教育者が伝えて注入するものという考え方です。知識は客観的に存在して測定可能なものと考えます。 「構成主義」では、新しい知識は学習者の頭の中にある既存の認識の枠組みを基に経験や観察によって主体的に構成(構築)するものと考えます。したがって「教わる」のではなく、自ら「発見したり気づいたり」することになります。 教育者の役割は、「教える」のではなく、「学習環境を整えて支援する」ことになります。 知識と理解だけではなく、批判的思考力、分析力、問題解決能力といった高度な能力を養成するのには適していると言われています。 これはとても魅力的な考え方ですが、これ「だけ」だと学習者がどれだけ学ぶのか、その効果はもっぱら学習者のモチベーションや元々の知識と能力のレベルに依存します。 また、学習効果が上がるには時間がかかり、明確な学習目標が設定しづらく評価もしづらいなどの意見があり、短期間で所定の知識と理解と技能を習得する必要のある訓練や研修には取り入れづらいことも指摘されています。 単なる基礎的な知識の理解のためには不効率という批判です。 むしろ、数年間の教育時間を前提にできる大学などの高等教育での利用の方が適しているように思えます。 とはいえ、通常の講義の後に演習問題(「四択」などではない実技的な演習問題です)などを十分に実施すれば自ら経験し観察し発見し気づくことを促す効果があるので、つまり構成主義的な効果があるので、たとえ短期間の訓練や研修でも同様な効果をあげることはある程度まで可能と言えるのではないでしょうか。 言い換えると、通常の講義では認知主義、その後の演習では構成主義に基づいて教育者が役割を変えるハイブリッド方式(僕の造語) です。というか、普通に誰でもやってることなんですが・・・。^^; この「構成主義」をさらに発展させた最新の理論が「社会的構成主義」です。 (次回の投稿に続く) ©2016 all rights reserved
(前回の投稿からの続き) 「構成主義」の良いところは、学習者が主体的に考え、観察し、経験するのを重視することですが、「社会的構成主義」も同じ長所を持っています。 違いは、「社会的構成主義」の場合には、学習者がひとりで考えるのではなく、「みんなで考える」ということです。 人間の高度な能力は、社会的な活動の中で発達するという考えが根底にあり、教育においても、他者との交流の中で最もよく発達するという考えです。 したがって、協働学習とかグループワークといった形式で学習を進めていきます。 学習者はお互いの知識や視点や考え方を交換することによって新しい認識を得ることができます。 僕がかかわってきた職業訓練や企業研修のいずれも、カリキュラムの最後は「プロジェクト型演習」で締めくくっていますが、複数の学習者が協働して実技的な演習をするので、社会的構成主義の考えに合致しています。 この学習方法はとても強力で効果も高いと言われていますが、基礎的な知識はすでに身についていることを前提に、さらに高度な能力や応用力を育成する場合にはとても効果的と思われます。 最近では世界的にも普及していて、米国では、構成主義と社会的構成主義の授業だけで単位が取れて卒業できる大学があると聞きました。 とりわけユニークで注目されているのは「反転授業」です。これは、講義を収録したYouTube動画などを事前に自宅で学習させ、教室ではそれをネタにして演習問題やグループワークをやらせるという指導方法です。講義は教室ではなく自宅で聴くというスタイルがこれまでとは反転しているので「反転授業」というわけです。米国の一部の高校や大学で始まっています。 日本を含むアジア諸国では、伝統的に教育者と学習者の関係が「師匠と弟子」のような概念になりやすいので、普及が遅れているという分析もあります。 (次回の投稿に続く) ©2016 all rights reserved
(前回の投稿からの続き) 過去から今までの教育理論をざっと概観してきました。 できる限り客観的に検証可能な情報をわかりやすく提供したつもりですが、ところどころ私見も挟んでしまいました。その部分については無視してもらってもかまいません。 ここから先は100%の私見です。 医学の世界では、人間のあらゆる病気に完全に対応した治療法が確立されているわけではありません。人間の体は複雑ですから。 同様に、教育学の世界でもあらゆる問題に対応する万能の教育理論や教育法がすでに確立されているとは、少なくとも研究者は誰も考えていないはずです。人間の能力や心は複雑ですから。 僕としては、今までのどの教育理論も一方的に批判する意図はまったくなくて、逆にそれらのいずれもが特定の状況のもとではきちんと効果を表してきたということを強調したいと思ってます。 僕は現場で働く講師なので、医学の世界で言えば「研究医」ではなく「臨床医」に該当します。「目の前にいる患者の健康」に何よりも関心があります。 先人が効果があることを示してくれたさまざまな教育手法の中からその時の状況にあった、受講者のためになるベターな手段を使って仕事をしたいと思ってます。 (終わり) ©2016 all rights reserved
受講者が「壁にぶち当たった」と思ってしまうパターンとして、階段の各段の順番がデコボコになっていてなだらかではないパターンもあり得ます。 この場合には、壁のように見えている「高過ぎる一段」を分割するのではなく、単純に順番を入れ替えるだけで済むでしょう。 ©2022 all rights reserved