(前回の投稿からの続き) 「構成主義」の良いところは、学習者が主体的に考え、観察し、経験するのを重視することですが、「社会的構成主義」も同じ長所を持っています。 違いは、「社会的構成主義」の場合には、学習者がひとりで考えるのではなく、「みんなで考える」ということです。 人間の高度な能力は、社会的な活動の中で発達するという考えが根底にあり、教育においても、他者との交流の中で最もよく発達するという考えです。 したがって、協働学習とかグループワークといった形式で学習を進めていきます。 学習者はお互いの知識や視点や考え方を交換することによって新しい認識を得ることができます。 僕がかかわってきた職業訓練や企業研修のいずれも、カリキュラムの最後は「プロジェクト型演習」で締めくくっていますが、複数の学習者が協働して実技的な演習をするので、社会的構成主義の考えに合致しています。 この学習方法はとても強力で効果も高いと言われていますが、基礎的な知識はすでに身についていることを前提に、さらに高度な能力や応用力を育成する場合にはとても効果的と思われます。 最近では世界的にも普及していて、米国では、構成主義と社会的構成主義の授業だけで単位が取れて卒業できる大学があると聞きました。 とりわけユニークで注目されているのは「反転授業」です。これは、講義を収録したYouTube動画などを事前に自宅で学習させ、教室ではそれをネタにして演習問題やグループワークをやらせるという指導方法です。講義は教室ではなく自宅で聴くというスタイルがこれまでとは反転しているので「反転授業」というわけです。米国の一部の高校や大学で始まっています。 日本を含むアジア諸国では、伝統的に教育者と学習者の関係が「師匠と弟子」のような概念になりやすいので、普及が遅れているという分析もあります。 (次回の投稿に続く) ©2016 all rights reserved
社会的構成主義
2016年10月15日からFacebookに投稿した「学習理論の変遷」に関わる一連の投稿記事を「その1」から「その5」としてそのまま転載します。 以下、転載記事。 8月から取り組んでいた仕事がすべて終わったので時間に余裕ができた。そこで、在籍中の大学院の科目で学んだ教育関連のテーマのうち、もしかしたら「友達」の皆さんも関心があるかもしれないことについて自由に書いてみる気になった。長文になってしまうので何回かに分けて投稿するつもりです。 今回は、過去から現在までの教育理論と学習理論の変遷についてです。 そもそも教育とはどうあるべきか、学習とは何かについてさまざまな研究者が理論を構築してきたのですが、過去の大きな流れと変遷だけを俯瞰してみると、以下のような感じになるはずです。 行動主義から認知主義へ 認知主義から構成主義へ 構成主義から社会的構成主義へ 言葉だけ見ると難しそうですが、実はそれほどでもありません。 行動主義の考え方は、わかりやすく言えば「アメとムチ」です。 アメとムチを駆使することによって学習者の行動パターンを教育する側が望ましいと考える方向に変えること。 特定の刺激に対して、それに応じた反応をするように強化策(アメとムチ)を即座に施して繰り返し訓練します。 この場合の「アメ」とは「肯定的なフィードバック」、「ムチ」とは「否定的なフィードバック」のシンボルとも考えられます。 これは第二次世界大戦中の米国で、軍隊の兵士たちをいかに効率的に短期間で訓練するかが重要なテーマだった時期には大いに活用されたようです。 もちろん、アメとムチの考え方そのものは大昔からあったはずですが、それを教育理論としてまとめて「行動主義」という名前をつけ たわけです。 この考え方は今でもあちこちで応用されているはずです。 特定の状況では確かに効果があることが認められているからでしょう。 たとえば、きちんと特定の仕事を完了しなかったら報酬金額を減額し、良い仕事ぶりには報酬金額を増額するようなシステムに大きな効果が見られる場合はよくあります。 しかし、アメとムチ「だけ」で教育したら弊害が出てきてしまいます。 そこで、認知主義という別の理論が現れました。 (次回に続く) ©2016 all rights reserved